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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)147号 判決 1958年7月29日

控訴人 成田稔

右代理人弁護士 見田筧

被控訴人 安田鎌造

右代理人弁護士 高野篤信

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人及び被控訴人が共に諸鑑札の製作販売を業とするものであること、控訴人がその主張する二種の自転車用鑑札の実用新案権を有すること、並被控訴人が右実用新案権の権利範囲に属する鑑札を(数量価格並時期の点は別として)愛知県町村会に納入したことはいずれも当事者間に争がなく成立に争のない乙第七号証当審における被控訴本人の供述(第二回)によれば被控訴人が右鑑札を愛知県町村会へ納入したのは昭和二十五年二月二十七日頃からおそくとも同年五月四日までの間であることを認めることが出来右認定に反する原審における控訴本人及被控訴本人の各供述は措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠がない。

被控訴人は右実用新案権につき許諾実施権を有する旨抗争するのでこの点について判断する。原審における控訴本人の供述、当審における控訴本人の供述(第一乃至三回)同供述により成立を是認すべき甲第四号証原審における被控訴本人の供述の一部、当審における被控訴本人の供述(第一、二回)の供述の一部、原審並当審における証人中島広保の証言、原審証人兼松雄蔵の証言によつて成立を是認すべき乙第四号証の一乃至三を総合すれば愛知県町村会は昭和二四年八月頃本件自転車鑑札の実用新案権者たる控訴人に対し大型鑑札の大量製作を指示し同人は之に従いその製作の準備に着手したこと、その後愛知県町村会においては小型の鑑札を採用することとなつたが控訴人は既に大型鑑札製造のために相当の資金を注入していたので小型鑑札の製造に切替えるのが困難であつたためその製作を辞退するに至つたこと、被控訴人は従来より右町村会から鑑札の製作を引受けていたため同会から依嘱を受けて製作することとなつたが控訴人に実用新案権があるというので一時ためらつていたが中島広保が控訴人が権利者でなく自己が権利者であると主張したので同人及その協力者川津五郎の三名で製作することとなりその製作販売に関する担当区域につき協議を遂げたことを認めることが出来右認定に反する原審における被控訴本人の供述の一部、当審における被控訴本人(第一、二回)の供述、当審証人兼松雄蔵(第一、二回)の証言は措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠がない。然しながら控訴人が被控訴人等に対し右の如く本件鑑札を製作することにつき許諾を与えたとの事実については原審並当審における被控訴本人の供述(当審は第一、二回)並原審並当審証人兼松雄蔵の証言(当審は第一、二回)は措信しがたく当審証人兼松雄蔵(第一回)の証言によれば乙第四号証の一乃至三中の「旧成田」なる記載部分も後日何人かによつて挿入記載せられるに至つたものであることが推認せられるから右記載を以て控訴人が被控訴人等が本件鑑札を製作することを承諾の上その製作を辞退したものであることを認める資料となしがたく他に右事実を認めるに足る証拠がない。のみならず、当審における被控訴本人の供述(第二回)によつて認められる被控訴人が控訴人に実用新案権の実施料を支払わなかつた事実に成立に争のない甲第三号証乙第六号証、当審における被控訴本人の供述(第二回)によつて成立を是認すべき乙第五号証、成立に争のない甲第十一号証によれば、控訴人は被控訴人等が本件鑑札の製作をなすにつき許諾を与えた事実なく、被控訴人等も控訴人から抗議あるべきことを予期し、之に対処すべき方策を講じていたことを認めることが出来るから被控訴人の右主張はその理由がない。

被控訴人は更に法定実施権を有する旨抗争するからこの点について判断する。成立に争のない甲第八、九号証によつて認め得る本件実用新案出願当時たる昭和二十四年六月当時に被控訴人が本件鑑札の製作をなし又はその事業設備を有していた事実については之を認めるに足る証拠がないのみならず被控訴人が本件鑑札の製作に着手したのは右出願のはるか後である昭和二十五年二月二十七日以後のことに属すること前記認定の通りであり且当審における被控訴本人の供述(第二回)によれば被控訴人が右出願当時本鑑札製作の設備を有しなかつたことが認められる以上被控訴人が法定実施権を取得すべき理由がないから被控訴人の右主張も亦その理由がない。

被控訴人は更に本件権利侵害につき故意又は過失がない旨抗争しているが被控訴人が本件鑑札を製作するに至つた際前記認定の如く被控訴人等が控訴人から権利侵害の抗議の出ることを予期していたことが認められる以上被控訴人はむしろ本件権利侵害につき故意があつたか少くとも実用新案権の所在につき適切な調査を怠つた過失があるものといわねばならない。そこで損害の数額に関する判断はしばらく措き被控訴人は本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨抗弁するからこの点について判断する。被控訴人が本件鑑札を納入し終つたのはおそくとも昭和二十五年五月四日であること前記認定の通りであり且成立に争のない乙第二号証、当審における控訴本人の供述(第一回)によれば控訴人が右事実を知つたのはおそくとも昭和二十五年八月三十日であることが認められるからその後の三年の期間の経過、即ち昭和二十八年八月三十日の満了によつて本件損害賠償請求権の時効は完成したものといわなければならない。控訴人は昭和二十五年八月三十日以来請求し続けて来たが、昭和二十九年五月二十八日最後の請求をなしその後同年六月二十八日本訴を提起したから時効は中断している旨抗争しているが、当審における控訴本人の供述(第三回)によるも控訴人が口頭の催告をなしていたことを認め得るに止まり昭和二十九年七月一日本訴提起によつてはじめて裁判上の請求をなしたことが認め得るから(本訴提起の日は記録上明である)仮に右口頭による催告が前記時効完成直前になされたとしてもその後六ヵ月の経過により右催告は時効中断の効力を失い、その後になされた催告は時効中断の効力を有しないから控訴人の右主張はその理由がない。又控訴人は昭和二十五年八月三十日附なしたる催告に対し被控訴人は何等の回答をなさなかつたから債務承認の効力がある旨抗争しているがその理由なきことは勿論である。尚弁論の全趣旨によれば控訴人は本件に関し昭和二十九年三月頃被控訴人に対し本件鑑札製作販売禁止を骨子とする仮処分申請をなし名古屋地方裁判所は昭和二十九年三月十九日之を許容する旨の判決をなしたことを認めることが出来るが、右仮処分申請を以て本件損害賠償請求の権利行使と認めることは困難であるから右事実あればとて時効完成に何等の影響がない。又控訴人が被控訴人の権利侵害を知つたのは本件鑑札の製作行為が控訴人の実用新案権の権利範囲である旨の特許庁の審決を受けた昭和二十七年九月五日でありその現実の損害額を知つたのは同年十一月二十二日である旨抗争し成立に争のない甲第一、二号証によれば控訴人主張の日その主張の如き趣旨の審決があつたことを認め得るが、前記証拠によれば控訴人は前記認定の如くそれ以前の昭和二十五年八月二十日に本件侵害行為を知つていたものと認むべきであり且民法第七百二十四条に所謂「損害ヲ知ル」とは現実に発生した損害額を知るを要しない意味に解すべきであるから控訴人の主張はその理由がない。

されば、本件損害賠償請求権は時効により消滅したものといわねばならないから被控訴人は、控訴人に対し本件損害賠償請求権がないものというべきである。

以上の理由により控訴人の請求権を棄却した原判決は結局相当であつて本件控訴はその理由がない。そこで本件控訴を棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用し主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 県宏 裁判官 奥村義雄 夏目仲次)

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